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農業見習い、今年こそは!!

2012/04/21 20:24
4月も半ばを過ぎ、いつの間にか草の背丈が伸びている。
ホームセンターの園芸コーナーには、トマトやゴーヤなどの野菜の苗が並び始めた。 農業”見習い”の身には、ワクワクする季節がやってきたのだ

今年こそ!! と思う


昨年の田舎暮らしスタートは、朽ち始めている住まいをリフォームするのに手間取って、農作業に時間を取るユトリがなかった。 と言うより、農業”初体験”で何から手を付ければ良いのか分からない内に、時間ばかりが過ぎて行った。

そんな手探り状態の素人であっても、農業の入口は”農地つくり”だというのは分かる。

昨年は、長年ほったらかしで荒れ果てた田畑を整備して、植え付けが出来る状態に復帰することにほとんどの時間を費やした。 
しかし、農業には収穫がなければ喜びがない。 昨年は収穫がなかったので、農業での達成感は想定をはるかに下回ってしまった。


荒れた田畑で耕作を始めるには手間のかかる7段階の作業が必要だ

     step1 ⇒  草刈り機の操作を覚えて  
       step2 ⇒  草を払らって 
         step3 ⇒  乾燥させて  
           step4 ⇒  燃やして 
             step5 ⇒  トラックターで耕して 
               step6 ⇒   整地して 
                 step7 ⇒  作物を植える


家の周りに大小6面の田畑があるのだが、「昨年の結果は?」というと ・・・・ 
 
半分の3面は、step4の草を「燃やして」きれいにしたところで終わってしまった。

step6まで行った3面の畑には、
        一つにはレンゲ草を植え、
        一つにはミカンの木を植え、
        残る一つにやっと、野菜(レタスと玉ねぎ)を植えたのだが・・・・ 

レンゲ草は、何とか健気に花を咲かせており、後で土にすき込んで肥料になってくれそうだ。
しかし、雑草も多く手仕事では出来そうになく、耕運機が必要だ。
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ミカンの木は、無残!!(*_*;
10月末に植え付けたミカンは、シカに葉っぱを食べられて幹だけになってしまっていたのだ!! クソ!!
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美味しいミカンの収穫をイメージして、3種類のミカンを植えたのだが、3月に帰ってきたら、3本とも葉っぱは一枚も残っていなかった。 ミカンの葉っぱはシカの好物だと聞いた時は後の祭りだった。 
残念!!


9月に植え付けたレタスは、秋口に食卓に登り、「新鮮! おいしい!」と楽しんだ時もあったが、11月、千葉の街中暮らしを始める時に動物達の餌にならないよう、全て撤去しておいたので今は痕跡もない。 

玉ねぎは、臭いがきついので動物たちも食べないだろうとタカをくくってそのままにしておいたのだが・・・・
3月に帰ってきたら、跡形もなくきれいに食べられてしまっていた。
これはイノシシの仕業か・・・

10月末に植え付けた”タマネギ”
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3月は何も残っていなかった
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そして、残っているのはシカのウンチである。 ナ!ナンということだ!
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という訳で、昨年の農家としての実績は、残念ながらほぼゼロに近い。
今年こそ!! 挽回したい!!


昨年は、6月11日から田舎暮らしがスタートしたが、今年は3月11日からスタートして、3ヶ月も前倒しだ。 こころなしかユトリを感じる。 しかも、煩わしいリフォームもない。 いろんなことが出来る予感がする。


今年は、自分はどんな農家として生きるのか、そのイメージを大事にして先行投資をしたいと思う。 何せ生き物は5年10年がかりだ。 桜の幼木を4本買ってきたが、10年後の大きさ、20年後の花の具合を精一杯イメージして植え付ける場所を考えねばならないと思う。 多分、優秀な植木屋は、植え付け後の未来を見通すイメージの豊かさによって決まるのではないかと思う。


今日の薩摩には、台風のような風が吹いている。
敷地の中でどのように風が舞っているのかを初めて感じた。
せっかく植えた”花みずき”には想像以上の風が当たっている。
10年後も20年後も頑張って花を咲かせるだろうかと、ふと心配になる。


農業見習いの楽しみには、当然、野菜の収穫もある。
果樹の収穫もある。
庭づくりもある。

そして、心熱い仲間との交流がありそうだ。
農業見習いの2年目、なんだかとても楽しそうな気がしている。












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桜まつりで汗を流しました

2012/04/04 00:08
薩摩藩時代に薩摩川内市を治めていたのは平佐北郷家である。
その北郷家の墓地を囲む広場に咲き誇る桜の下で、4月1日、「ひらさ桜まつり」が開催された。

思いもかけず、お祭りの裏方を務めることになった。
江戸時代であれば北郷家のお姫様である画家の北郷萌祥(ホンゴウホウショウ)さんと ひょんなことから知り合いになり、いつのまにか事務局の一員になってしまっていた。
       ⇒[北郷萌祥さんのギャラリー]   ⇒[北郷さんの個展に行った]


■事務局は8:30に広場に集合した

この墓地前の北郷広場が桜まつり第二部の会場になるので、事務局総出で早朝集まり、会場設営など事前準備をした。

平佐西小学校から借りたテント、イスを並べて、
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広い墓地を清掃して、
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何せ、この墓地が広くて立派なのだ。 NHKの篤姫ブームで幕末の薩摩藩家老・小松帯刀が注目された頃、小松家の墓地を訪ねたことがあるのだが、それに優るとも劣らない格式ある北郷家墓地である。 

皆に振るまうための餅つきの準備をして、
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10:00に広場の会場設営を終わり、作業着からスーツとネクタイに着替えて、第T部の会場である川内ホテルに向かった。


■第T部は、11:00からホテルの宴会場で行われた

地域の名士を含めて合計130名もの参加者が、会費3千円を払って集まってくださった。 北郷ブランドの魅力はなかなかのものだと思う。

最初の挨拶は、北郷家第16代当主である。
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公認会計士で有名監査法人勤務という30代半ばの若い当主である。 歴史の重さを背負いながら、極めて近代的合理的職業に身を置いていることが、なんだか面白くて良い。 若い身で周りに気を使うばかりで大変だと思う。 がんばれ〜!  16代!

実行委員長は、焼酎の小鶴で有名な小正醸造の社長さんである。
焼酎も旨いが、挨拶もうまかった!

第T部では、ハープとオペラ、日本舞踊、詩吟と尺八、歴史の会長さんのお話・・・など魅力的な出し物があったのだが、事務局はそれらを見聞きする時間もなく、急ぎ昼食を食べた後に第二部会場の広場に戻った。


■誰もが参加出来る第二部は、14:00スタートである

<薩摩川内おどり太鼓>の中心メンバーは、元気一杯の女子小中学生だった。
太鼓の演奏だけでなく、歴史の語り、民謡を取り入れた踊りなども楽しませてもらった。
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野太刀自顕流(じげんりゅう)を見せてもらった。
写真は4歳の子供だが、気迫は大したものだった。
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新撰組・近藤勇をして「薩摩者と勝負する時には初太刀を外せ」と言わしめたとされる自顕流は、実践的で一撃必殺の剣法だと言われているが、目にしたのは初めてだった。 自顕流は、まさに気力の剣法だった。

気合いに溢れた自顕流の演武から一転、日本舞踊(創世流)が始まった。
桜の下で舞う日本舞踊は一層あでやかで良かった
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おば様達の合唱(まごころ文学館唱歌童謡合唱団)
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童謡を歌う前に、おば様がその歌にまつわる思い出を語るのだが、涙ポロリの話もあった。 楽しみながら、心通わせ活動している おば様であったが、その中の一人は、なんと中学時代の同級生で久々の出会いだった。 

第二部が終わった頃、時計は5:00を回っていた。
桜の花の間にお月さまがいた。
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後片付けをして、6:00から反省会をした。
反省会と言っても、飲んだくれるのかと思っていたが、和室で食事した後、ほんとにキチンと反省会をした。 課題は何か、来年はどうすべきか・・・・ 事務局は、ほんとに真面目な人ばかりである。 終わったのは9:00で、それからカミサンの運転で家に帰った。



学生時代は大学祭の企画をしたり、会社時代は有楽町・国際フォーラムで祭りのような展示会を運営をした経験があるが、地域の人達と創り上げる本物の「お祭り」は初めての経験だ。 それはそれで面白そうだ。 

北郷家だけの祭りでなく、地域の祭りとしてどう定着させてゆくのかが課題だと思う。 相馬の馬追い祭りが、相馬家だけの祭りから、地域が誇りにする全国区の祭りになっていったように。
だが、地域に溶け込んでゆくのはなかなか骨が折れる仕事だ。 どうすべきか・・・・

人が大勢集うには、身近なワクワク感が必要だ。
それは、自分が田舎暮らしをどうワクワク感あふれるものにしてゆくのかと同じテーマかもしれない。
















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